修斗時代の同期だった、佐藤ルミナ、秋本仁、巽宇宙がブラジルに修行に行ったのは私がブラジルに行く前年の’96年だった。

私も誘われたのだがその年はアメリカに柔術留学しようとロスに下見に行ったで断った。

三人はカーウソン・グレイシーの道場に行って修行した。さぞかし珍道中であっただろう!!

もし私が同行していたら留学先はカーウソン・グレイシーになっていたかもしれない。

もしそうだったらMMAが中心の留学になっていただろう。

それもまた楽しかったかもしれない。

情報がない

ブラジルのおみやげにTATAMEという雑誌をもらった。

結局ブラジルに留学することにした私はその雑誌のおかげで道場を探すことができた。

私の師匠である朝日昇がホイラーグレイシーに負けていることもあり、打倒ホイラーを掲げてブラジルに行く決意をしていたのでグレイシーの道場は避けて探した。

その当時、日本に入ってきている情報はグレイシーのことばかりで他のアカデミーの情報は全く知らなかった。

グレイシー以外でどんなアカデミーがあるかなんて全く知らなかったのである。

そして私の留学するのはサンパウロ。柔術で有名なリオではなかった。

見つけてしまった。

TATAMEで情報を得ようとするが当然ポルトガル語は読めない。

とりあえずSão pauloの文字を探し、その記事の近くにある写真を見る。

その繰り返し。

そこに一つの記事を見つける。黒帯7,8人が肩を組んでいる写真。全員がメダルをぶら下げている。

強いチームなのは間違いない。

その記事を読めないなりに見ていくとALLIANCEという文字を見つける。

グレイシーではないしそして強い。

ここしかない。決めた!!

もう一度詳しくTATAMEでALLIANCEという文字をくまなく探していたら、なんと見つけてしまったのだ。

ALLIANCEとSão pauloが結びつく広告を。

ALLIANCE São pauloが広告を出していたのだ。

電話番号をゲット。

留学先が決まった。

 

 

調べてよかった

今思うと調べてから行ってよかった。

その頃、ALLIANCEは世界的なチームではなかったのでブラジルでは強かったが日本までその情報は入ってこなかった。

今は世界最強のチームである。

当時のサンパウロにもたくさんのアカデミーがあったがリオの柔術とはなんとなく違っていた。

リオの柔術を教えていたのはALLIANCEとRYAN GRACIEだけだった。

グレイシーには行く気がなかったから選択肢は一つしかなかったのだ。

TATAMEがなかったらALLIANCEにたどり着いたかはわからない。

同期に感謝。

また、アカデミーはちゃんと調べて入ることをお勧めする。